悟と結子の旅日記福島・只見

ふたりで、いつもの外へ。

おいしいだけじゃない、只見の一日。

うまいもん祭りから、普段は入れない田子倉ダムの中へ。大きな景色と、足元の小さな発見を、写真と一緒につづります。

黄色いヘルメットで、田子倉ダムの見学へ。
田子倉ダム見学黄色いヘルメットで、田子倉ダムの見学へ。
01

おいしいだけで、終わらない。

おいしい料理が出てくるだけ、と思いきや、それ以上。芸能人の皆さんが会場を盛り上げ、普段は開放されていない田子倉ダムの見学会まである。それが、うまいもん祭りの醍醐味でした。

山を背に、テントやのぼりが並ぶお祭り会場。
うまいもん祭り山を背に、テントやのぼりが並ぶお祭り会場。
お祭り会場で、三人で記念撮影。
うまいもん祭りお祭り会場で、三人で記念撮影。

2025年の記録

雪まつりから、只見とのご縁。

悟にとって、只見へ初めて来たのは2025年の雪まつり。二度目は、同じ年のうまいもん祭りで、そのときも田子倉ダムを見学しました。

2025年2月「ふるさと只見の雪まつり」の中継画面。
2025年2月の中継2025年2月「ふるさと只見の雪まつり」の中継画面。
只見の場所を紹介する、2025年2月の中継画面。
2025年2月の中継只見の場所を紹介する、2025年2月の中継画面。

初めての方に席を、というお話もありました。それでも、もう一度あの中を見てみたい。今回は二度目の見学となりました。

今年はいつもの仲間が4人ほどいて、そのうち3人は初めての見学。地元に暮らしていても、まだ中を見たことのない人が多いと感じました。

私たち夫婦も、マイクロバスでダムへ。大きな機器、足元に残った線路、ひんやりした通路。写真には、案内人から聞いた話の手がかりも残っています。

02

大きなダムに、小さな線路。

まず目に入るのは、「4号機」の表示がある緑色の機器と大きな天井クレーン。けれど、見どころは上だけではありませんでした。

案内人の足元には、線路の一部が残っています。説明によると、只見線から延びた線路はここまで続き、さまざまな物資を運んでいたそうです。この場所が終着だったという話も聞きました。

線路の大部分がなくなった今、残っているのは、その一部。「幻の只見線」の名残は、鉄道好きにはたまらない見どころです。

発電所の設備を前に、案内人のお話を聞く。
田子倉ダム見学発電所の設備を前に、案内人のお話を聞く。
「4号機」の表示がある緑色の機器。奥には天井クレーンが見える。
10:46:30「4号機」の表示がある緑色の機器。奥には天井クレーンが見える。
資料を手に説明する案内人。足元に線路の一部が見える。
10:47:24資料を手に説明する案内人。足元に線路の一部が見える。
03

コンクリートの向こうに、100m。

この場所から貯水池側まで、どれくらいのコンクリートがあるでしょう。案内人が教えてくれた厚さは、約100m。田子倉ダムは、その重さで水の力を支える重力式コンクリートダムです。

足元に目を向けると、コンクリートの中に丸い石が見えます。ダムを造った当時、周辺の川から採れた川砂利を使っていた名残だと聞きました。

現地では、雪が6mほど積もることもあるという話も。春の雪解け水を貯めて運用し、深い場所には5〜6℃ほどの冷たい水が残る。水面の景色だけでは分からない、水の温度の話です。

堤体を見上げる。横方向の継ぎ目と、表面の明るい跡が見える。
10:49:00堤体を見上げる。横方向の継ぎ目と、表面の明るい跡が見える。
案内人が足元を示す。表面には丸い石が多数見える。
10:52:45案内人が足元を示す。表面には丸い石が多数見える。
堤体を見上げた一枚。横方向の継ぎ目と縦に伸びる明るい跡が見える。
10:55:31堤体を見上げた一枚。横方向の継ぎ目と縦に伸びる明るい跡が見える。
04

ひんやりした、ダムの中へ。

A班とB班に分かれ、エレベーターで内部へ。壁には、木の板でコンクリートを造ったときの木目のような跡が残っていました。

こんなに大きなダムも、温度によって膨張したり縮んだりするそうです。通路には、その変化を確かめる機器。壁から水が流れ出している場所もあり、足元が滑りやすいという注意を聞きながら進みます。

床に並んでいた円柱状のコンクリートは、ダムの内部から抜き出したコア。輪切りにして、イベントでコースターとして配ったこともあるそうです。案内人も欲しいと話していました。ダムのかけらが、コースターになるというお話です。

内部のコンクリート壁を近くから。横方向の筋と板の境目のような跡が見える。
10:59:27内部のコンクリート壁を近くから。横方向の筋と板の境目のような跡が見える。
コンクリート壁に取り付けられた「光送信装置」。表示窓と配線が見える。
11:01:16コンクリート壁に取り付けられた「光送信装置」。表示窓と配線が見える。
内部の通路で資料を持つ案内人。壁沿いに配線と溝が見える。
11:05:17内部の通路で資料を持つ案内人。壁沿いに配線と溝が見える。
「排水装置制御盤」の表示がある盤。下には赤いハンドルの付いた配管が見える。
11:05:38「排水装置制御盤」の表示がある盤。下には赤いハンドルの付いた配管が見える。
壁の穴から流れ出る水と、足元の溝。
11:06:32壁の穴から流れ出る水と、足元の溝。
床に並ぶ円柱状のコンクリート片。切り口には石が見える。
11:08:02床に並ぶ円柱状のコンクリート片。切り口には石が見える。
05

温度計には、14.8℃。

写真の温湿度計には、14.8℃、湿度88%。冷たい水に接する内部の通路は、通年でおおむね10〜13℃になると聞きました。

当日は外も涼しく、夏ほどの温度差は感じにくいという説明です。夏なら寒いくらい、冬には中のほうが暖かく感じることもある。ダムの中には、外とは違う温度の世界がありました。

温湿度計の表示は、気温14.8℃・湿度88%。
11:10:06温湿度計の表示は、気温14.8℃・湿度88%。
「田子倉ダム案内図」。堤体内の通路や発電所の図が掲示されている。
11:11:19「田子倉ダム案内図」。堤体内の通路や発電所の図が掲示されている。
06

高いところから、水の行き先を。

上へ出ると、湖と山、下流の発電所が見渡せます。足元の通路から見える四つのゲートは、ふだんほとんど開けなくても、いざというときに動かせるよう点検が欠かせない設備です。

点検では梯子を伝って降り、目で見て、手で触りながら確認する。四門すべてを数人で数日かけて点検するという説明でした。見学で眺めた景色の中に、日々の仕事の道があるのです。

下に見えた丸い池には、沢の水とダムの水を集めて温度を調整し、地域の用水へ送る役割があるそうです。田んぼや魚を育てる人たちのもとへ。水の行き先を聞くと、景色の見え方も少し変わります。

ダムを造ったときは両岸にケーブルを渡し、上からコンクリートを運んで一段ずつ積み上げたと聞きました。案内人のたとえは、「UFOキャッチャー」。大きなダムの造り方に、身近な言葉が出てきました。

堤頂の通路。足元にレール、奥に青い設備、左側に水面が見える。
11:13:18堤頂の通路。足元にレール、奥に青い設備、左側に水面が見える。
堤頂側から見た水面と対岸の山。
11:14:18堤頂側から見た水面と対岸の山。
見下ろした建物の屋根に「田子倉発電所」の表示。手前には階段と手すりが見える。
11:16:09見下ろした建物の屋根に「田子倉発電所」の表示。手前には階段と手すりが見える。
下流に延びる川と橋。左側には屋外の電力設備、手前には丸い池が見える。
11:19:07下流に延びる川と橋。左側には屋外の電力設備、手前には丸い池が見える。
田子倉発電所の屋根と、その奥の丸い池。
11:20:03田子倉発電所の屋根と、その奥の丸い池。
07

写真に残った、只見の一日。

下へ戻るまで、ゲートの点検や高い場所で働くことの話は続きました。見学の最後には、お礼の声と、内部の涼しさについてのやりとりも。

おいしいもののあるお祭りから、普段は入れないダムの中へ。足元の小さな線路も、大きな湖も、写真と一緒に残しておきたい一日でした。

建物の外壁と窓。
11:30:18建物の外壁と窓。

お祭りのアルバム

有名な方と一緒に、会場で記念撮影。

有名な方と、お祭り会場で記念撮影。
お祭りのアルバム有名な方と、お祭り会場で記念撮影。
緑の服の有名な方と、お祭り会場で記念撮影。
お祭りのアルバム緑の服の有名な方と、お祭り会場で記念撮影。

もう少し、聞きたくなったら。

田子倉ダムの、ちょこっとデータ
高さ145m
ゲートラジアルゲート4門
完成1959年

本体着工は1955年、堤頂長は462m、総貯水容量は4億9,400万m³。J-POWERの公式資料を参照しています。

現地では、大きな出水で貯水池に収まらない量が入ってきたときにゲートを開けるという説明がありました。2011年の出水後、夏はあらかじめ水位を下げて備えていることや、案内人が赴任してからはゲートを開けていないことも紹介されています。

映画『ホワイトアウト』の話と、出典

帰り道には、映画『ホワイトアウト』の話題も出ました。田子倉での撮影に触れた個人の口コミもあります。

作品のモデル・ロケ地は、日本ダム協会のダム便覧がモデルは奥只見、ロケ地は黒部と紹介。高志の国文学館の映画一覧にも黒部ダムの記載があります。口コミの内容は、公式に撮影地を確定した情報とは分けて読んでいます。

この日記のもとになったもの

当日の写真、2025年の雪まつり中継画面、お祭りのアルバム、見学中の録音をもとにした既存記録、見学後の私たちの補足を合わせました。写真は元の画像を使っています。芸能人や見学の人数・回数については、当日の記憶に基づく説明です。